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あさつなぎ
十田撓子
夜めざめる
ねむっていた鵺が
とぉく とぉく
啼きはじめる
まだかたく閉じられた
赤い実のなる
樹の下では
なにも起こらない
なにかは反復される
にじんだ明るい灰色の
足跡を残して
かれと、彼女は緑に溶ける
見えないおそれ
ふるえを
疵口から滴らせて
野に帰っていく
人食い熊が足跡に
ちょうど柄杓一杯の
水をそそぐ
おかえりなさい
あなたの夢の跡を
いたわる熊が
止め足する

星まつり
十田撓子
かれらは、円く置かれた石の下に
眠っていると云う
いいえ
光をもつ星々、もたない星々
見晴るかす山から
稜線のふちどる横顔が
暗い波になっておりてくる
台地が青く横たわる
そのときまで
見覚えのない広がりとの
対話がおわるまで
光をもつ星々、もたない星々
冬至二週間前から
狼の白い太陽がのぼるまで
昼はカーテンを閉じて
夜を待ってカーテンを開けよう
かれらはそれぞれの眠りについている
いいえ
かれらは、消えない星々を石で描く

月曜日の朝に
十田撓子
月曜日の前に
私たちはきっと忘れてしまうから
この年の初々しさと
青葉のみずみずしさを
深く吸い込んでおきたい
明日は月曜日
ドアを開けたら
そこからもう夏がはじまる
柔らかな色の、柔らかな布地に
まだ包まれていたいのに
何をまとうの
もっともっとまばゆくなっていく光に
赤だ、黒だ、青だ、と
かっきりした色に染まっていくのだから
今は両腕で自分を抱きしめておこう
あなたと二人
窓を開けて、風にそよぐカーテンの
やさしい日陰の内側で
どこからか舞い込んだ白い花の
かけらを拾って、並べて過ごそう
急に黙ってしまう癖のあるあなたが
私の手をとって
手ではない何かを見つめている
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